elsewhere
  • HOME
  • NEWS
  • ARTISTS / CATALOG
  • CD
  • LOSSLESS
  • HD FLAC
  • Interview
  • REVIEW
    • REVIEW (030-040)
    • REVIEW (020-029)
    • REVIEW (001-019)
  • view from elsewhere (blog)
  • ABOUT
  • CONTACT
ユルク・フライ「lieues d’ombres」ライナーノーツ
(ピアノ:レイニア・ファン・ハウト)
​> original liner notes by Michael Pisaro-Liu

遠くまで続く影の小道…

空気に触れる……
 
ヴァンデルヴァイザー派の音楽は、1990年代初頭の誕生時から沈黙と結びついてきた。現在もその傾向はほぼ変わっていない。 このグループがもはや実質的な意味での集団とは言えず、一部の作曲家たちが沈黙を「素材」として用いる手法から離れているとしても。ヴァンデルヴァイザー派の活動が示した一つの重要な事実は、沈黙が捉えどころのないものであるということだ。 沈黙は至る所に存在し、どこにも存在しない。 空虚にも満ちているようにも感じられ、感情に満ちているかあるいはほとんど空白のようにも感じられる。音楽的でありながら反音楽的でもある。 ユルク・フライがよく指摘するように、時には音の中にさえ沈黙が存在する。 沈黙を「用いる」作曲家がいる限り、沈黙のスタイルもまた無数に存在する。
 
フライの音楽は独特の静寂から紡ぎ出される。そこには空間的広がり、境界、深みといった建築的な奥行きがある。彼の音楽は、音が始まる前からすでに始まっており、音が消えてもなお残る。まるで音楽が空気そのものから湧き出してくるかのようだ。光の中に舞い落ちる塵、影の灰色の濃淡、室内の微細な動き、遠くの交通の低音のうなり――環境に細心の注意を払えば、その音楽はすでにそこにある。フライは、静かな場所の音楽が常に私たちを取り囲み包み込むことを、最初から理解していたようだ。彼の奇跡的な『L'âme est sans retenue』シリーズは、この認識を最も明確に表現した作品群だ。初期の作品の一つである『Sam Lazaro Bros(サム・ラザロ・ブロス)』では、まるで(発見された)古い誰かの手帳そのものが音楽を作曲したかのような感覚を呼び起こす。
 
 
存在、沈黙……
 
フライの沈黙の中には、多くの(関連する)ものが存在している。
 
優しさ
畏敬
憂い
灰色の霧
田園
影
離れた場所
抑制
冷たさ(それは温かさの縁取りを伴っているのだが)
静寂
受容
 
ユルクの夏の別荘近くの山を歩いていると、霧の中から音が聞こえてくるような気がすることがある。それらは決して長くは続かず、聞こえたかと思うと消えてしまう。フライの音楽においては、存在は不在と結びついている。表面は存在するが、その下には深みが宿っている。輝きは影によって輪郭づけられ、動きは静寂によって抑制される。大胆さは謙虚さによって和らげられる。 「Yes」は「No」を隠している。おそらく。音楽は「そこに在る」(Dasein)と「そこに在らない」(Abwesenheit)の境界を漂うように演奏される。フライの音楽は、このほとんど中立的な状態を、謙遜な姿勢で存在論へと高めている。
 
 
記号の未踏の深淵……
 
フライの楽譜は手書きで記譜されている。彼は白紙のページに一本一本の線、一点一点の点、一つ一つの円を丹念に描き込む。それは美しく、一目でそれとわかる独特の筆致だ。こうした入念でありながら、それでいて執拗ではない筆致で書かれた楽譜は、演奏者に対し、それぞれの記号、それぞれの要素が唯一無二のものとして認識されるべきだと告げている。ある音が52回「反復」される場合(例えば『Les tréfonds inexplorés des signes (25)』の冒頭のように)、彼はその一つ一つが意味を持つことを望んでいる。51回あるいは53回の反復があったとしても、誰も気づかないかもしれない。しかしフライが意図するのはまさしく52回なのである。また、それは実際には 52回ではない。それは 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1。次々に 1 が加えられ、突然止まるか、あるいは次に進むかする。フライは、止めるべき時が来たと確信するまで、頭の中で、そしてピアノで、この音を弾き続けたに違いない。それはちょうどここで止まるのだと。
 
このCD3枚組セットに含まれるピアノ作品には、単音、2音和音、3音和音、時折4音以上の和音が存在するほか、様々な長さの休符も含まれている。楽譜にはごく稀にフレーズ記号やアーティキュレーションが記されているが、強弱記号や表現記号はほとんど存在しない。そこにあるのは指標、指針、すなわち記号そのものだ。フライは、それぞれの「現実の音」がもたらす濃密な体験であるということを承知しており、それを記号として提示している。あらゆる音には細心の注意が必要であり、二つの音が同じであることは決してないため、それぞれの記号は名付けようのない深淵を指し示している。フライの音楽を演奏する者がこの事実に気づいた時、各作品は畏敬の念を抱かせる課題のように感じられるようになる。
 
 
独りのピアニスト……
 
過去15年間に書かれたフライの楽曲を収録したこのピアノ作品集では、フライの独特な感性と、同様に独特な世界観を持つレイニア・ファン・ハウトという二つの稀有な才能が奇跡的に出会っている。ファン・ハウトは、状況の濃密さ——音楽を奏でる際に聴こえる音だけでなく、その時の環境や頭の中で聞こえる「別の次元の」ものたち——を扱いながら演奏する。彼はこれらのものを直接聴こえるようにするために音楽を作りながら演奏する。フライの緻密に構築された楽譜に要素を加えることは不可能であるため、ファン・ハウトは各音の演奏に込められた多様な思索を明らかにする別の方法を見出さねばならない。彼は、フライの音楽のあらゆる瞬間を「内的に共鳴させる」ことでこれを実現している。彼は、作曲家のためや聴衆のために楽譜を演奏しているのではない。音楽と独り向き合い、自らそれを発見しようとしているのである。
 
 
サム・ラザロ・ブロス…
 
私は長年、ユルク・フライの音楽を聴き続けてきたため、彼の作品のいくつかは自分の作品と同じくらいよく知っている。このピアノ作品集で私にとって新たな発見があるとすれば、それはフライの音楽が旋律によって導かれているということだ。それは誰もがすでに知っていることかもしれない。しかし、実際には単純な音、和音、単音と沈黙が交互に現れるような作品、宇宙的な形式構造を持つ作品があまりにも多く存在するため、ついそれを忘れてしまいがちである。
 
ファン・ハウトの演奏では、和音の響きのバランスのなかに、何よりもまずメロディが現れる。『Sam Lazaro Bros(サム・ラザロ・ブロス)』は、フライの作品の中で最も多くのピアニストによって演奏されてきた曲である。しかし、このような響きは今まで聴いたことがない。この作品集の中で最も初期の作品であり、もしフレイ作品の原型と言える候補があるとすれば、間違いなくこの曲だ。ファン・ハウトはまるで魔法のように、最上声部のメロディを低音部よりもわずかに高い位置で響かせ、歌うように演奏している。
 
ファン・ハウトは、フライの音楽のあらゆる場所に旋律を見出す。彼は『Pianist, alone (2)』の和声進行における内声部に美しいメロディラインを見出し、消えゆく音や沈黙を縁取るように現れる音との繋がりを決して失うことがない。ファン・ハウトは(いわゆる)反復の中にさえ旋律が存在することを知っている。「Extended Circular Music 9」で繰り返される素材は、拡大し続ける螺旋の一部である。(螺旋もまた一種の線だと言える。)ファン・ハウトはまさにこの作品群そのものが三時間にわたる旋律で構成されているかのように演奏している。
 
 
拡張されたループ音楽……
 
フライが最も愛する画家の一人はジョルジョ・モランディである。モランディはごく少数のオブジェを描くことで知られている。同じ花瓶や水差し、器が作品ごとに繰り返し登場するが、それらは常に異なる配置へと変容する。絵画の美しさは疑いようもないが、モランディの作品を丸ごと展示した展覧会を単調に感じる者もいるかもしれない。この絶え間ない物体の入れ替わりに何が起きているのか、時間をかけて見極める必要がある。 色調は抑えられているが、情景に降り注ぐ光によって色が微妙に変化する。モランディの筆の先で、対象そのものが不安定で、ほとんど流動的にすら見えてくるのだ。 積み重なるうちに、単一の静物画が作り出す永続性の見せかけは、絶え間なく変化するバリエーションの中に消えていく。 存在の流動性が、物体が落とす小さな影の中に滲み出し始める。
 
ボローニャ(モランディが暮らした地)やアーラウ(フライが暮らす地)、あるいはクイーンズのユートピア・パークウェイ(ジョセフ・コーネルが暮らした地)――あるいはいかなる場所においても、十分に注意深く見たり耳を澄ませば、そこには世界の暗示が存在している。モランディがライプニッツやドゥルーズに倣って知っていたように、あらゆる物体にはほぼ無限の多様性が内包されているのだ。物体をわずかに動かして影の落ちる角度を変えると、その小さな変化が絵画に不気味さを増したり、安らぎを添えたりする。こうして、フライも同じ音へと回帰する。中音域の音、完全4度、沈黙によって繋がれ(そして隔てられる)二つの音、幾度も奏でられる長2度など。しかしこの一見限られた音域の中に、小さくも驚くべき出来事が数多く潜んでいる。長く続くと思われた音の突然の停止、長い音の連なりにおける八分音符の追加や削除、和音を不安定にする半音階の音などだ。この録音はそうした瞬間に満ちている。最初はほぼ固定された自己相似的な情景のように見えるものが、実は微小な世界であり、不確かな光の中で軸を中心にゆっくりと穏やかに回転していることが明らかになっていくのである。

​
​マイケル・ピサロ=リウ(Michael Pisaro-Liu)
2022年6月記
​(和訳/座間裕子)

​> original liner notes (English)​

Picture
Jürg Frey: lieues d'ombres (Reinier van Houdt)
(elsewhere 020-3) 

ユルク・フライ ソロピアノ作品集3CDセット第2弾「Composer, alone」(elsewhere 030-3)も2025年9月20日にリリースされました。
​(※「Composer, alone」にはライナーノーツは含まれません。楽曲解説等の詳細はQ&A和訳をご参照ください)
>「Composer, alone」(elsewhere 030-3)の製品情報はこちら
> ユルク・フライ&レイニア・ファン・ハウト「Composer, alone」をめぐるインタビュー(和訳)
Picture
HOME
ABOUT
NEWS
CD
LOSSLESS
HD FLAC
BANDCAMP
ARTISTS
INTERVIEW
REVIEW
CONTACT
​copyright © 2025 elsewhere music  all rights reserved.
  • HOME
  • NEWS
  • ARTISTS / CATALOG
  • CD
  • LOSSLESS
  • HD FLAC
  • Interview
  • REVIEW
    • REVIEW (030-040)
    • REVIEW (020-029)
    • REVIEW (001-019)
  • view from elsewhere (blog)
  • ABOUT
  • CONTACT